治療には親のサポートが鍵!回復のビジョンから手を放さずに、粘り強く取り組み続けて:東京インターナショナルサイコセラピー 荻原かおりさん
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- Jun 8
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Updated: Jun 9

摂食障害の回復に携わる支援者の活動や「思い」に迫るインタビューシリーズ「回復の扉を、ひらく」第六弾!今回は、東京インターナショナルサイコセラピー(TIP) 二子玉川オフィスにて、Family-Based Therapy(FBT)という手法を活用し、摂食障害の当事者・ご家族向けの心理療法を提供しておられる臨床心理士・公認心理師の荻原かおりさんにお話を聞きました。
FBTは、摂食障害の治療法の一つで、特に児童・思春期の患者に対して有効とされています。海外においては19歳未満かつ病歴の浅い神経性やせ症(拒食症)の患者への治療の第一選択肢とされています。今回は、FBTを中心に、荻原さんの支援活動や、摂食障害の治療に対する思いを聞かせていただきました。
荻原さんが、摂食障害の治療にかかわることになったきっかけを教えてください。
現在は、心理士の仲間とともに開業していますが、以前は、在住外国人の方々のメンタルヘルスをバイリンガルでサポートするNPOにて、心理士として働いていました。その間、摂食障害の相談を受けることが増え、海外で治療効果が高いとされている治療法を取り入れていくためのチームが編成されました。
当時は、海外の専門家とオンラインをつないでスーパービジョンを受けたり、また、海外から講師を招き、日本の専門家に向けた研修をしていました。次第に、日本の医療関係者や専門家の方々とのネットワークが構築され、その後、摂食障害チームの代表を務めることになりました。その後も、摂食障害について学び続け、摂食障害のクライアントに心理療法を提供する傍ら、インターナショナルスクール向けの講義をしたり、学会で発表や講演をしたりなど、活動を続けました。そして、2018年に、仲間と共に東京インターナショナルサイコセラピー・二子玉川オフィスを立上げました。
特に欧米では、未成年の摂食障害(特に神経性やせ症)の患者の心理療法の第一選択肢としてFamily Based Treatment (FBT)が推奨されています。このFBTはどのようなものなのでしょうか?
シンプルに言うと、飢餓状態によって脳の機能が低下し、自分自身で食事について判断する力が弱っているご本人(お子さん)に代わり、親御さんが必要な食事を摂れるように支援する治療法です。FBTでは、食べ物を摂食障害回復のための「薬」と位置づけ、本人の健康のために必要な量を定期的に摂取できるようになり、最終的には不安なく普通に食事ができるようになるよう、親や家族が一致団結してサポートしていきます。
FBTでは、親が単に「見守る」だけでなく、特に食事面で積極的に介入する役割を担います。未成年の場合、親が本人に最適な食事を準備し、提供することが自然です。その家庭での自然な食事環境をベースに治療を進められるこの手法は、未成年の治療に非常に適していると言えます。
なお、この治療法は、入院を必要とせず、外来での治療が可能で、病状が医学的に比較的安定している方(標準体重の75%以上が目安)が対象となります。また、年齢が19歳未満で、病歴が3年未満の方に最も効果があるとされています。
日本ではどのくらい浸透しているのでしょうか?もしFBTの治療を受けたい方がいた場合は、どこに問い合わせれば良いのでしょうか?
FBTを専門的に扱う公式の団体は、現在日本にはありません。そのため、多くのご家族はFBTに関する書籍を読んで、著者や翻訳者の先生方(私自身も含む)に直接問い合わせたり、FBTを採用している医療機関をウェブサイトで調べてお問合せいただいている状況です。
FBTは家族や治療者にとって負担が大きいインテンシブな治療法です。特に治療の第一段階では、毎週約50分のセッションを治療者、本人、そしてご家族全員が参加して進めるというのが基本的な流れです。しかし、日本の摂食障害治療が主に医療機関で行われていることを考慮すると、小児科医などが十分な時間を確保することは現実的に難しく、FBTが広く実践されているとは言い難いのが現状です。ただし、制約のある中でも工夫しながら実践している治療機関や、FBTのエッセンスを臨床に取り入れて効果を上げている治療者がいることも事実です。
このFBTの治療を受ける家族は、どんなお気持ちで始められるのでしょうか?
FBTについて事前にある程度知識があり、治療へのご夫婦の理解や意欲が一致している状態が理想的です。しかし、実際にはそのようなケースは少なく、多くの場合、ご夫婦のどちらかが主導して始めたり、「やってみたいけれど、自分たちにできるだろうか」という迷いや不安を抱えながら治療を開始しています。
治療者の役割は、そのような迷いや不安を受け止めつつ、治療を軌道に乗せるところから始まります。この導入がうまくいけば、その後の治療もスムーズに進むことが多いと感じます。ご家庭にDVなどの問題がある場合は例外ですが、基本的な家族の関係性が整っていれば、FBTに挑戦する価値は十分にあると思います。
荻原さんは、他の心理士の方々とTASTEという活動もされていますが、この活動内容について教えてください。
TASTE(Trans-boundary Alliance of Specialists Teaming against Eating disorders)は、私と数人の仲間たちが、摂食障害の治療環境をより良くしたいという思いから始めた活動です。個人開業の心理士として、日々患者さんやご家族との1対1の関係が基本ですが、それを超えた広い範囲で活動したいという、自分の思いも活動を立ち上げるきっかけでした。
具体的には、摂食障害に関わる治療者や摂食障害の領域で活動されている方、回復経験があって自分の体験を他の人のために役立てたいと考えている方などが数か月に1回集まり、共通のテーマでディスカッションやプレゼンを行う機会を設けています。また、摂食障害について学びたい専門家やご家族向けに、動画コンテンツを制作・販売しています。
さらに、3年前からは「ボディ・ポジティブを推進するオンラインイベント」を毎年夏に開催しています。このイベントでは、若年層を対象に、摂食障害の有無に関わらず、ボディイメージのテーマについて考えられる場を提供しています。プラスサイズのモデルの方や、摂食障害を経験したエッセイストやイラストレーターの方にご登壇いただき、食事や運動、ファッションや恋愛などの中で誰でもが直面し得るボディイメージの問題について語っていただき、社会に蔓延するやせ信奉や太ることへの恐怖や嫌悪から距離を取るためのヒントを提示していただいています。
荻原様が、患者さんや親御さんと接する上で、大切にしているマインドセットやアプローチを教えてください。
FBTを学び始めて以来、この治療原則が私が心理士としてお会いするさまざまな方の相談に広く役立つと強く感じています。まず、本人と病気を切り離して考え、健全な本人の部分と病気に支配されている部分を可能な限り区別して捉えることが大切です。また、ご本人やご家族に対してコンサルタント的な立場でいることも意識しています。私の知識や情報を共有しつつ、最終的にはご本人やご家族自身が最適解を導き出せるようなサポートを心がけています。
さらに、相談に来られる方とお会いする際には、摂食障害になる方に特有の特徴や、摂食障害を抱えるご家族に特定の親や家族像を当てはめるようなステレオタイプや思い込みをなるべく持たず、柔軟なアプローチを心掛けたいと考えています。
摂食障害は回復する病気でしょうか?摂食障害が回復するという状態はどのような状態だと思いますか?
摂食障害は、回復「する」病気というより、回復「できる」病気だと考えています。「回復する・しない」という表現では、自然にそれが起こるような、自分の関わりが受動的なイメージを与えてしまうかもしれません。しかし、患者さんを見ていると、回復にはご本人のあきらめない気持ちや粘り強い取り組み、そして周囲のサポートが欠かせません。そのため、「回復する」のではなく、「回復できる」という表現が現実に近いのではと思います。
回復にはいくつかの段階があると考えています。第一段階では、過食嘔吐や極端な制限、運動といった目に見える病的行動が減少すること。次に、それまで生活や思考の大部分を占めていた体型や体重へのこだわりが消え、それに振り回されずに生活できるようになること。そして、食べ物が人生や生活のすべてではなくなり、生活の一部としての位置に戻ることが、本当の回復と言えるのではないでしょうか。

現在回復のスタートラインに立たれている方々に一番伝えたいことを教えてください。
摂食障害がほかの心の病と大きく異なる点は、「困っている・治りたい」という気持ちと「治りたくない・治すのが怖い」という相反する感情が同時に存在するところだと思います。この2つの感情を抱えながらも、回復のスタートラインに立とうとしていること自体が素晴らしいことです。スタートラインに立った時点で、すでに回復は始まっていると考えています。
回復は一筋縄ではいきませんし、右肩上がりに進むわけでもありません。そのため、スタートラインに立ったときには、自分がどうして回復したいのか、どのような人生を生きたいのかをしっかりと思い描き、そのビジョンを見失わないようにしてほしいです。困難な局面もあると思いますが、「こうなりたい」「治った後に何をしたい」といった希望を手放さず、サポートを受けながら粘り強く取り組み続けてほしいと思います
インタビュー実施日:2025年5月23
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